冬朝顔
我が家の朝顔がやっと咲いた。春から待ち続けて11月のいま、やっとだ。
そのかわり11月に入ってからは毎日のようにとっかえひっかえ咲いてくれる。
春から夏にかけて咲くのなら当たり前だ。
でも冬に咲くなら、小さな花が一輪二輪でも、感激はひとしおというものだ。
縛られ地蔵

南蔵院はその昔業平橋の袂にあった。
享保の頃ある太物問屋の手代が荷車に反物を満載して南蔵院にさしかかった。
ここらで一休みとばかり荷物をお地蔵さんに託し、眠ってしまった。
ところが目覚めてみるとなんと反物が荷車ごとなくなっていた。
蒼くなった手代はあわてて南の御番所に駆け込んだ。
手代の訴えを小耳にはさんだ時の南町奉行大岡忠相は瞬時に断を下した。

「荷物の見張りを託されていながら盗まれてしまうとは、地蔵こそ不届き千番。ただちに南蔵院へいって地蔵に縄を打ちしょっ引いてまいれ」
この前代未聞の捕り物劇に江戸の人々は興味津津。地蔵を裁くお白州を一目見ようと大勢が南町奉行所に詰め掛けた。
ところが大岡忠相の裁きは地蔵に向かってではなく詰め掛けた群衆に向けて行われた。
「神聖なる裁きのお白州に興味本位で詰め掛けるとは言語道断。全員に罰則を適用するゆえ、名と所を書いて追っての沙汰を待つべし」
後日「それぞれ反物一反ずつ奉行所に届けるべし」の沙汰があり皆あわてて一反ずつの反物を届けた。
その中になんと盗まれたはずの太物問屋の印入りのものが紛れ込んでいたのである。
その反物から手繰ることによって大盗賊団の一味が一網打尽となったことは言うまでもない。
そんな謂れを持つお地蔵さんが、今は業平橋から東水元へ移転した南蔵院の境内に沢山の縄を打たれてひっそりと佇んでいた。

狂い咲き

ナント驚いたことに、こんな季節になって朝顔が咲いた。一輪だけだが紛れもなく朝顔だ。
世の中師走というのに何をトチ狂ったのだろうか。
それでもなんかうれしいですね。
サンバが街にやってきた

サンバが街にやってきた。
わが街にやってきた。
錆びれかかったわが商店街に。
大きな太鼓の音と、歯切れのよい熱いリズムが
人の心をひきつける。

年ごとに見物客は増えているようだ。
サンバのリズムがこの町を活性化するのかもしれない。

越前、一乗谷
丸岡城
母の七回忌。兄と二人だけで法要を執り行うべく訪れたのは、福井県は丸岡。
法要の時しか訪れることのなくなったこの町だが、私は実はこの町が大好きなのだ。
もっと詳細に言うなら、「霞ヶ城」という別名をもつ丸岡城が好きなのかもしれない。

子供のころから何度となく訪れているこの町のことを私はあまりよく知らない。それでもなぜか懐かしい。
懐かしさの中心にはいつもこの城があるような気がする。我が家の墓所よりも菩提寺よりもこの城こそが私にとっては母の懐なのかもしれない。
私が生まれる前には国宝に指定されていた城である。私が生まれる頃には国の重要文化財に指定されていた。しかし幼い私にとってはかわいい丘の上にある大好きな公園の飾り物としての名もない古城だった。天守閣の石垣は攀じ登って遊ぶ遊具だった。

今や丸岡町にとっては大事な観光資源だ。大きな駐車場ができたし立派な資料館もある。
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」の手紙でも有名な鬼作左こと本多作左衛門重次が、観光宣伝に一役買っている。『日本一短い手紙』の町として丸岡町は全国に知られるようになったようだ。
更に朝顔

うちの朝顔は毎朝1つづつ咲くものなのかと思っていたら
ナントまとめて4つも咲いた。
我が家にとっては驚異的なことです。毎朝3つ4つが続け
ばこんなうれしいことはない。一気に元気回復するにちが
いない。
でもほとんどそんな可能性はない。明日からはまた1つ
づつ咲いていくことだろう。じんわりとしたうれしさを持っ
て一日を過ごすことにしよう。
朝顔咲いた
我が家の玄関前の朝顔が咲いた。2年目の朝顔だ。
毎朝1つか2つづつだが確実に咲いてくれる。これが7つ8つも咲いたら、あまりにうれしくて出勤する意欲など消えてしまうに違いない。
7つ8つも花をつけるためには株の数が足りない。けれども我が家の玄関前は狭くて株数を増やすこともできない。
まあいいか。負け惜しみだが、この場所に7つ8つでは煩すぎる。毎朝1つ2つだからこそ愛おしさが弥増すってもんだ。
中川船番所から洲崎神社
梅雨の真っ盛りだから、日差しはさほど強くない。
とは言ってもマイチャリは重たい安チャリだ。
こっちはふうふう言って漕いでいるのにカッコいいロードレーサーにすいすい抜かれてしまう。もっとも年も年ということもあるが。

荒川右岸の河川敷を海に向かって走ると小松川ポンプ場に行きつく。このあたりが旧中川の合流地点となる。
そこから旧中川に沿ってちょっと北へ戻ると小名木川の起点となる。中川船番所のあったところだ。いまは資料館となっているが、200円で見学できるので、見てみるのも一興だ。


小名木川に沿って走るとやがて仙台堀川公園というのにぶつかる。 昔は仙台堀は大川から横十間川までだったはずだ。ところが仙台堀川公園は砂町まで伸びており、直角に北上して小名木川にぶつかっている。自転車を走らせるには最適の道ではある。
仙台堀川が直角に曲がるあたりに「旧大石家住宅」というのがある。江東区最古の古民家だそうだ。


仙台堀川公園をどこまでも西行し木場公園を抜けて三つ目通りと永代通りの交差点に出る。ここまで来ると肩は痛いし尻も痛い。腿はパンパンだ。梅雨空で薄日なのに熱射病状態で頭はぼう~っとしている。ステンレスボトルに氷とポカリスェットを入れて持ち歩いているのだが飲みたい気分にもなれない。飲むより、頭からかぶりたい気持ちだ。
交差点から東に伸びる小路に入ると正面に赤い鳥居が見える。これが洲崎神社だ。昔はこの道の右側はすべて海だったという。神社の手水を見たとたん、柄杓もあることだし頭からかぶっちゃおうかと一瞬だが閃いてしまった。バチ当たり!バチ当たり!
帰りの道のなんと遠いことか。

























